歩こ、歩こ!

2013年から毎日(10kmくらい)歩き始めた、54才男です。歩くことの素晴らしさ、健康、その他日々の思いつきなどを書いていきます。

足のことは足に任せておきなさい・・・その2

その時のその人の筋肉の状態、血流の状態にとっての、
無理ない姿勢や動き方、というものがあります。

たとえば、昨日カカトがしっかり上がって歩けたなぁ・・・、と思って、
カカトを上げて歩こう、などと考えてやってしまうと、
足の裏や足首を痛めたりします。
なので、カラダの動くままに歩いていると、ちゃんと5分か10分後に、
自然にカカトが上がってきたりします。

その時々の自分にとっての無理ない歩き方、というものがあります。
それを知っているのは、自分のカラダ自身です。
私たちの意識できないレベルで、カラダはその時々の状態に合わせて
全身の繊細で複雑なバランスの中で、動いています。
カラダはとても賢いものです。

たとえばカラダをストレッチする時に、カタくてあまり動かない関節があります。
私たちはその時、「その関節が硬い(可動域が狭い)」、と意識します。

でも、関節が硬いとき、硬いのは実は「そこの関節そのもの」ではありません。
その関節の動きに連動する、あちこちの筋肉や組織や内臓etcetcが、
硬いのです。
そして、硬かった原因がどこの筋肉や組織であったか、というのは、
やがてそこが、春の雪解けのように緩み、
それと連動して関節が動き始めたときに、初めて分かるものです。

動かしたい関節が動かないとき、
複雑に絡み合ったカラダの一体どこの筋肉や組織が硬くこわばって、
その関節の動きを阻害しているか、などというのは、
緩んで動いてみるまでは意識できないものです。。。

「緩んで動き始める」、というのは、「カラダのその部分が目覚めるとき」です。
目覚めるからこそ、初めて存在に気づき、意識できるのであって、
目覚めていないときには、その存在にも機能にも、気付くことができません。
これは、何事でも・・・例えば組織の中の人の能力などでも、そうですね。
目覚める、というのは、それまで無かったものが、
意識の中に出現することなので・・・。

カラダの成長や癒しは、私たちの無意識の中で進みます。
だって、細胞分裂したり成長したりって、私たちの知性の作用でも、
意識の能力でもないですから―――。
精子卵子が出会って、肉体や脳を作り上げていくのは、
大自然の力であって、人間の知性にそんな能力はありません。
カラダは、とても賢いのです。

だから、その時々のカラダの動きは、
無意識下でのカラダ全体の状態に沿って、現れているのです。
だから私たちは、カラダの内側から自然に発露されてくるものに、
寄り添いながら進むのが、BESTなペース、進み方だと思います。

だから、「足のことは足に任せておきなさい・・・」、
これが名言で、基本だと思うんです。。。

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サンゴ礁の砂浜・・・泳ぎたいっ!!